昔、故貴ノ花が大関晩年の頃、その成績不振をもじって96(くんろく:9勝6敗の意味)大関と盛んに揶揄されていたものです。
確かに互いに強烈なライバル心を発揮して、共に土俵を盛り上げた貴輪(きりん)時代の一方の輪島は横綱となり全勝優勝を果たすなど華やかに土俵を勤めたのに対し、天性の足腰の良さで際どい勝利をやっと掴んでいた貴ノ花には、土俵上での大きな勲章はありませんでした。
絶大な人気を得ていただけに、その成績はファンには全くの不満。
体格に恵まれず、数々の怪我に泣かされた中で、それでも常に真っ向勝負を挑み、立ち合いの変化は大横綱と言われた北の湖との大一番でのただ一度と言われるほどの潔さが、成績を度外視した人気の所以でしょうか。
いえいえ、違うと思うのです。
成績が全ての勝負の世界。
そこで、決して誇れるような成績を残せなかった貴ノ花ですが、成績以外の勝負という点で、多くの人の心を掴んだ。
後世に語られる名勝負の中で、貴ノ花の占める割合は異常に高いのではないでしょうか。
詳しく調べてはいませんが、私の記憶の中では圧倒的に多いのです。
幕内の平均体重が増加して今ではほとんど見られない「つり」を得意技のひとつとしていたことでも分かるように、驚異的とも言えるその足腰の強さが脳裏から離れません。
それでも、それでも、です。
貴ノ花が毎場所のように9勝6敗の成績で終えるたびに、大きな失望感に包まれたものでした。
時代は既に北の湖に移っている。
貴ノ花の全盛期は過ぎ去った。
怪我との闘いの中で、いつの間にか過ぎてしまっていた。
それは分かっていても、それでも復活して欲しい。
ファンの勝手な想像には違いないのでしょうが、(恐らくは編集者もファンの一人であったのだろうけれど)マスコミの厳しい論調に、「こいつらを見返してやってくれ!」と願った日々。
懐かしいですね。
時代は下って、最近の大相撲。
飛び抜けて躍進するような若手も現れず、互いに星の奪い合い。
大関はと言えば、日馬富士こそ昇り竜の勢いで横綱を目指していますが、毎場所誰かが大関陥落の危機にあり、しかもそれを互いが助け合うような惨めな有様。
モンゴル出身の2横綱が強すぎるという意見もあるようですけど、それは違うでしょう。
単に下位の力士が弱すぎるだけだと言わせて欲しい。
相撲に勝って勝負に負ける。
そんな闘いを魅せてくれる力士が、いったい今の大相撲にいるでしょうか。
毎回、ワクワクドキドキさせてくれるような悩ましい力士が、いったい何人いるでしょうか。
5人の大関の、先場所の成績。
8勝7敗が3人です。
そして9勝6敗が一人。
マスコミが、彼らを96大関と取り上げるでしょうか。
(貴ノ花と違って)期待が無いのですから、取り上げる訳がないですね。
成績は似ていても、内容がまったく違います。
大相撲人気の低下は、決して日本人のヒーローが居ないからじゃぁ、無いんですね。
期待出来る、期待したくなるような勝負の出来る力士がいないからなんですね。
両横綱にしても、ほとんど「寄り切り」と予想していれば外れないような面白みの無い相撲ばかりでは、単に結果だけの楽しさしかありません。
寄り切りも立派な決まり手だし、実力の差がハッキリと映し出される決まり手ではあるけれど、それでも、やっぱりつまらない。
貴ノ花の「サーカス相撲」が懐かしい。


