大昔・・・そう、ほとんどの人にはもう大昔になってしまうことでしょう。
私にとっては、ついこの間のことのように感じますが。
あの時代、誰もが貧しかった。
世の中の大多数が、貧しかった。
僅か数年後には、その大多数が中流意識に染まっていた・・・
そして今・・・
大多数の人が、自分を負け組だと認識している。
中流階級などもはや死語に近い。
いま有るのは、勝つか負けるかの二者択一の世界だ。
もともと中流意識はどこから生まれたのだろう。
あの時代、優秀な人も、そうでない人も、会社は確かに守ってくれた。
だから、各自がそれぞれのレベルに応じた愛社精神をもって、仕えた。
それにまた、会社も応えてくれた。
応えてくれたから、また人々は働いた。
今はどうでしょう。
企業は、社員を護ってくれるでしょうか。
愚問だと、誰もが思うことでしょね。
企業は社員を、使い捨ての駒のように扱う。
そうしなければ、企業自体が生き残れないのだから。
・・・と、ここで大多数の善良な人々は、誤った思考に導かれることになるのです。
企業が生き残れないから、ではない。
一部の特権階級にある人達が、今の生活水準を保てないから、なのです。
勝ち組、負け組という区分があります。
中間は・・・ありません。
さて、あなたはどちらの組に居ますか?
リストラされた人から見たら、その選択判断を下した担当課長などは、勝ち組に見えるでしょう。
でもその課長自身が、明日のリストラ対象なのです。
悪いのは企業ではない。
直接の担当者である人事課長が全て悪いなどと装う、そんな酷い企業もあります。
さらにそのような姑息な手段を用いた社長自らが、明後日、権力の座から引きずり下ろされかねないのです。
こうなると、もはやいったい誰が勝ち組なのかすら、分かりませんね。
つまり、勝ち組負け組などという言葉自体が、ある思惑によって作り出されたものだということに気付かされます。
誰の思惑だ、ですか?
それは、歴史が明らかにしてくれるでしょう。
あなたはそれまで、生きられる自信がありますか?
犯人探しは、小説の中だけにしておきましょう。
飲まず食わずでは、誰も生きて行けません。
ましてや、恨みや憎しみ、そして後悔では。
あなたは生きなくてはいけないのです。
生きる為に、どうするかを考えるべきです。
誰かが護ってくれるなどとは考えないことです。
会社は、もう護ってくれません。
社会はもちろん、護ってなどくれません。
家族?
家族は、護ってくれるかも知れませんね。
でもね、家族だってそれぞれに生きているんです。
大切な家族に、あなたを護るなんて重荷を負わせていいんですか?
親は、確かに護ってくれるでしょう。
でも、親はいつまでも生きてはいません。
生きてほしいけど、それは無理ですね。
あなたを護るのは、あなただけです。
人は、ひとりで生まれてきます。
そして、ひとりで死んで行きます。
哀しいことではあるけれど、真実ですね。
だから、すべてのあなたに関する事象は、あなた自身に責任があると、もう一度しっかりと認識すべきなんですね。
それが結局は、あなた自身を護ることに繋がるのですから。
・・・難しいかもしれないけれど・・・

