鳩山総務大臣辞任のニュースは速報で知っていた。
が、詳しい内容が分からないので、暫く待っていたところ、どうやら麻生首相の迷裁きによると知って、記事を書かせてもらうことにした。
西川郵政会社社長に対する鳩山総務大臣の見ようによっては鋭すぎる舌鋒に、一部には戸惑いに似た思いを抱いた人もいるようだ。
その多くは、かつての小泉内閣による郵政民営化を支持したのだからという、亡霊にも似た自己矛盾に取り憑かれた人のようだ。
バカバカしい限りだと言うしか無い。
政治とは何か。
時として、昨日の優秀な政策が今日の最悪の選択だと突きつけられかねない、薄衣の上を歩くような繊細なものであることを、もう一度思い起こす必要がある。
政治は社会の動きを無視して、独立してあるものではない。
孔子や孟子の時代ならともかく、現代はネットに代表されるように瞬間の判断が要求される、グローバルな難しい時代になっている。
もちろん根本の、人間が本来持っているべき「根」の部分をコロコロと変えるようでは、そもそもその人間に対する信頼など築けるはずも無い。
が、それと生きている政治に対する対処とは別物。
その意味で、今回の麻生総理の処置は、どう見ても「小泉亡霊」に取り憑かれて大局を見失っているとしか思えない。
個々の小さな政策の過ちは、人間である以上仕方ないことと思っている。
だが、大局面での過ちは見過ごせない。
そして今回の処置を、単に選挙対策面で非常にマイナスに作用するだろうなどという狭小な視野でしか語れない自民党議員をみるにつけ、いよいよこれは末期的症状であると認識するに至った次第だ。
これまでの記事を読んでもらえば分かると思うが、自民党支持というよりも民社党のだらしなさを書かせてもらって来た。
どうしようもない政党の中で、多少なりとも良い方を選んできたつもりだ。
だが今回の問題で、いよいよ自民党を見限るときが来たことを知るに至った。
昨日の良い政策では見えなかった部分で、今日悪しき部分が見えたなら修正する。
こんな単純なことさえ出来ない硬直しきった自民党には、もはや何を期待しても無駄だと言わせてもらう。
自民党をここまでの存在に仕立て上げた吉田元首相の孫が、大久保利通の子孫が、今自民党を潰すのは皮肉だと思うが、それもまた後世の語り物としては面白いことではあるだろう。
麻生太郎という個人に対しては大きな興味がある。
しかしそれと今日の日本に対する問題とは、別次元の話だ。
麻生に限らないが、現自民党にはもはや何の未練も無い。
首相が誰になろうとも、もはや自民党に期待は一切出来ないと、締めくくらせてもらおう。

