2009年07月02日

プライドが高い、と言われて

普通、「あいつはプライドが高いから」なぁ、なんて言われたら、まず褒め言葉ではないですよね(笑)

大概は軽蔑の一歩手前です(笑)



私の場合、それを実の弟から、しかも勤め先の人づてで聞かせれました。

これって、もしかしたら・・・最悪?




あははっ、もう笑うしないです。
そうでもしないと、自我崩壊です。

いや、家族崩壊か?(笑)



まあ、私のことは置いておくとして(いいのか? いいんです(笑))、えてしてプライドが高いと言われている人に欠けているのは、
『自己の過ちを素直に認めない』
と言われることが多い様です。


大概、自分の間違いってのは、気付き難いもんですよね?(笑)



『認めたくない』ってのが、本音だとしても。



ここが重要なんです。

・・・笑っている場合じゃぁ、ないですよ。

人間、誰だってプライドはあります。
無い人は・・・もはや人間とは呼べませんね。

一見、無いように見える人でも、内心はちゃんと持ってます。
それが、人間です。



で、人間とは、常に過ちを犯す存在です。
大統領だとか、総理大臣とか呼ばれている人でも、です。

本当の意味で「プライドが高い」のは、その過ちを素直に認められるかどうか、によります。

自身の過ちを認めたがらない人って、いますよね。
あなたの周囲にも(笑)


それって、冷静な目で見てみると、単なる「劣等意識の裏返し」と見えませんか?



誰だって、劣等感はあります。
無い人間は、それこそ底抜けの莫迦か、「鈍い」人間です。



普通の人間は、誰だって「劣等感」と「優越感」の狭間で揺れ動いているもんです。
そして、それを認められる人間こそが、真の「プライド」を有している人間なんです。



意識の上で自身の過ちを認められなくとも、無意識のレベルではちゃんと認識しています。
だから素直に認められない人は、自分の顕在意識と潜在意識の間での葛藤に、それこそ意識無しに悩まされることになります。

これを無造作に突き放すことが出来る人は、やがては新聞とかテレビのニュースに登場することでしょう。
有名にはなれますが、その後の人生を無にする形で。


そんな人も、少数ですが実在しますね。
社会的には、困ったことですが。


で、もっとも多いのが、新聞沙汰にはならない程度に、周囲に迷惑をかける人間です。

こういう人間は、実に多い。
偉そうに言っていますが、私自身もそうである可能性は高いんです。

認識の範囲内であれば、謝罪もするし、考えうる限りで対処もしますが、認識外であればどうしようもない。


怖いですね。
自分を自分でコントロール出来ない、ってことを証明しちゃってるようなものなのですから。


自分では気付かないけど、周囲は気付いているってことなんですから。




まあ、あんまり考え過ぎても良くない結果しか残りませんから、この位にしておきましょうか(笑)
いい加減ですか?

そう言わずに、考えてみましょうよ。

誰だって、本当に可愛いのは「自分自身」でしょう。

自分があるからこそ、「愛しい」だとか「憎い」とか思える相手が存在出来る訳ですものね。


一般に「プライドが高い」という表現は、良い意味では使われません。
これを前提にして、「プライドが高い」という評価を良い方向に変えてみませんか?


無理ですかね(笑)

私は、そう言われることを誇りにしてるんですが(笑)

えっ、「誇り」じゃなくて「埃」だろうって?
それを言ってしまっては、終わりです(笑)

posted by 恭助 at 00:23 | 怒りを忘れる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする