北海道中部に位置する日本百名山のひとつトムラウシ山で、中高年登山者の遭難が相次いで起きた。
マスメディア(特にテレビ局で)は様々に(勝手気ままに)、原因究明と言わんばかりに無責任なコメンテーターを登場させている。
いつも疑問に思うのだが、これら自称専門家達は、いったい自身でなんど現場に足を運んだのか、と。
安全な場所に居て、知識だけを頼りに思うことをさも正論であるかのように偉そうに言っている。
その姿を見ると、毎回のように腹が立って仕方ない。
その場に直面しなければ、どのような正しい憶測も、ただの野次馬に過ぎないということに、彼らは何故気付かないのだろう。
無責任なコメントは、それがそのまま自身の人間としての格を引き下げていることに、何故気付かないのだろう。
彼らを見掛けるたびに、ゴキブリを見つけたとき以上の不快感を感じる私が、異常なのだろうか。
登山と言うのは、自然と向き合う行動だ。
装備や情報が進歩して、時にスポーツとして捉えられる登山は、確かに昔よりは安全にもなっただろうが、危険が全くなくなった訳ではない。
大自然に直接的に対するという面から見たら、危険度はほとんど減っていないと考えた方が良いだろう。
だから、登山者はいつでも、それなりの覚悟を持って登っていると理解している。
山の高さではない。
周囲のあらゆる要素に向かって挑むからこそ、登山の醍醐味はあると理解している。
だから一部に言われているように、このトムラウシ山が本州では3000メートル級の山に相当するなどという言い方は、ある意味で見当違いの報道だと言いたい。
無事に下山出来た人々の眼前にカメラを構え、フラッシュを浴びせかけるマスコミ関係者の無礼極まりない姿を見ると、なんだか「無事に下山したことが悪」ででもあるかのようにも思えてしまう。
このような事故(?)が起きるたびに、誰かがその責任を負わなくては行けない。
それが社会生活だということは、ある程度理解も出来る。
だが、それを作る権利は、マスコミには無いはずだ。
思い上がっているのならば、それも良いだろう。
いずれはその突き伸ばされた鼻をへし折られるだろうから。
しかし、単に視聴率稼ぎのための表面上の正義感だけを振りかざされるのは、不快以外にはなにも感じない。
いったいマスコミとは何なのだろう。
『隣の不幸は我が家の夕食時の話題』
程度に扱うその姿勢に、多いに疑問を感じている。

