誰でも、何らかの仕事をしていますね。
仕事をしていると、必ずと言っていいくらい「失敗」の場面に出会います。
自分自身がやってしまった「失敗」
仲間の誰かの「失敗」
会社という組織が犯した「失敗」
損害の大小に関わらず、ほとんどの場面で「責任の追求」が行われます。
『誰が、やったのか』
これは当然ですね。
何故なら、『原因の究明』が必要なんですから。
ところが、
『原因究明』の為ではなく、『責任追及』の為の『誰が』が最重要項目であるかのように勘違いしている人物に、ときどき出会います。
失敗してしまった当事者は、誰もが責任を感じている訳です。
時には、何とかして責任を逃れようと考えている場合だってある。
ひとつの失敗をただの失敗に終わらせてしまっては、次に生きません。
だから、どうしてそうなったのかを知る必要があるのですが、逃げようとしている人間は最も知りたいことを話してはくれません。
特に、個人の能力に関する場合は、本当にむずかしい。
そのむずかしさを更に難しいものにしてしまうのが、部下の失敗を自分の責任逃れと結びつけることしか考えない上司です。
もっと酷いのは、他人の失敗を追求することが楽しみになってしまっている上司です。
そんなのがいるのか? と思われるかもしれませんが、います、実際に。
厄介なのは、表面上は非常に物わかりがいいように振る舞うことです。
部下思いの、理解ある上司の仮面を被って、裏で工作するんですね。
賞与の査定なんかでも、そうやって集めたデータを使って数値を下げる。
それで会社の出費を「幾ら抑えた」なんて自慢するんですから、聞かされる方は堪りません。
そんなことが続けば、社員だって気がつきます。
そうなると、もう『原因追及』なんて出来ません。
幾ら「次の失敗を防ぐためだから」なんて言ったって、警戒されるばかりです。
これは実際に経験したことです。
ある会社で、考え難いミスがありました。
調べてみたら、その仕事をしている以上は当然知っていなくてはいけない基本的な知識が無かったことが分かりました。
中堅であってこれです。
ならば、と更に調べたら、同じように知らない社員が大半。
これはマズい。
基本知識を教える手段をと考えていたら、上司からクレームが。
そんなことをする時間があるなら仕事をさせろ、と言うのです。
業務時間外なら問題ないでしょうと答えると、ならば会社の外でやれ、と。
要するに、それまで問題に気付かず放置していた自分の評価が下がると考えている。
結局、製品チェックに人と時間を与えて、ミスが社外に出ないようにしてしまった。
最終的にその会社は潰れましたが(笑)
ひとつの失敗には、色々な原因がからみ合っている場合がほとんどです。
それを調べて、追求して解決していかないと、同じような失敗が繰り返されます。
責任追及にばかりやっきになるような上司がいたら、部下は不幸だし、会社はダメになりますね。

